日本の現代演劇の元

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日本現代演劇はどう作られた?
日本近代演劇の祖 川上音二郎
川上音二郎のやる壮士芝居が現代演劇のもととなっていった。
川上音二郎ってどんな人?
川上音二郎はオッペケペー節で人気を博した、舞台俳優です。
元々警察官だった彼、世間への不満をぶちまける
活動を繰り返し数百回は逮捕される問題人物。
そんな彼ですが
当時の日本で主流であった歌舞伎などの背景がない人物。
だからこそ、日清戦争の芝居など西洋演劇のリアリズムを強く受けていた。

川上貞奴という女性から見る文化
二つのポイントがある。
川上貞奴は川上音二郎の妻となった日本舞踊の素養があった女性。
そんな彼女は海外で舞台に出て「マダム貞奴」と呼ばれる大人気。
彼女は日本に戻り日本の近代女優第一号と呼ばれた。
なぜ第一号かというと、元々日本では歌舞伎の女型で男性が女性を演じるように
女性の立場は弱かった。
二つ目のポイントとして川上貞奴が西洋に与えた影響だ。
川上貞奴をゴッホなどの画家やモダンダンスの祖、イサドラダンカンが
影響を受けたと語る。そんな風に文化は相互に発展していくものであるという
面も忘れてはならない。

西洋演劇が日本近代演劇に取り入れられた背景
日本風にアレンジする過程で高い鼻、金髪といった
滑稽な真似事が多かった。
そんな中で3つのことが重視され西洋演劇が取り入れられていった。
本格的で、西洋の戯曲を取り入れ、スタニラフスキーシステムを取り入れること。

戦後の日本現代演劇の元
ベケットによる「ゴトーを待ちながら」に見られるような不条理演劇、みつめる視点
を持った劇が見られていく。なぜ人間はこんなに悲惨な戦争を引き起こしたのか。
という問いのもと、自我やリアリズムを問い直すよう西洋演劇は変わっていき、
その変化の元日本の現代演劇が形作られていく。